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白石村1番 – 国道12号のはじまりが眠る場所-

いつも何気なく通り過ぎている道にも、ふと立ち止まりたくなる物語があります。札幌市白石区菊水上町1条3丁目、遊具が並ぶ白石公園の片隅に「白石歴しるべ」という説明板が立っています。冬の間は雪に埋もれていますが、春以降に訪れると、近代のまちが生まれたはじまりを静かに語る痕跡が見えてきます。

現代の国道12号は、札幌と旭川をつなぐ主要幹線として知られています。その起点となったこの付近には、いまも開拓期の息遣いが残されています。明治初期、旧仙台藩白石城の家臣団がこの地に入り、原始林を切り開いて一本の道を延ばしました。幅は約18メートル、長さはおよそ3,600メートル。湿地や切り株が続く厳しい環境の中で、その道は少しずつ形づくられていったといわれています。

道を造るということは、単に通り抜けるためだけではありませんでした。この幅のある道路を軸に、その両側へ一軒ずつ土地が割り当てられていきます。当初は右と左にそれぞれ番号が振られ、1番から50番までが割り当てられましたが、翌年には左右をまとめて1番から100番までの連番に整理されました。その番号は、新たな暮らしの拠点であると同時に、道と人とを結びつける目印でもありました。

資料によれば、正確な「1番地」の位置は、当時の地図が完全ではなかったため断定はできないものの、旧千歳線と国道12号が交わる地点付近――現在の白石公園周辺にあった可能性が高いとされています。

当時の道は、主要道路と呼べるものであっても、ぬかるみや湿地に悩まされ、冬の往来は容易ではありませんでした。本府(札幌中心部)へ向かうには、豊平川を越えて細い山道をたどる必要があり、物資の運搬も馬車がようやく通れる程度だったといいます。こうした厳しい環境の中で、白石の暮らしと道づくりは、同時に進められていきました。

説明板に刻まれた「白石村1番」という言葉は、単なる番号以上の意味を持っています。それは、暮らしを始めた人々が未来へ続く道を切り拓くために踏み出した、最初の一歩の場所。国道12号を走るたび、目の前の道だけでなく、その足元に重なる歴史を思い描いてみると、白石のまちの原点が、今もこの道と深く結びついていることに気づかされます。