
札幌の碁盤の目の街並みに、斜めに走る道があります。東区にあるこの道は、正式には「道道花畔(ばんなぐろ)札幌線」、通称「ななめ通り」。地元では長く親しまれてきたこの通りが、実は北海道開拓の原風景を今に伝えています。
そのルーツは150年以上前。現在の伏古川沿いに自然とできたけもの道が、人々の暮らしを支える通路となり、やがて「石狩街道」や「茨戸街道」と呼ばれる幹線へと発展していきました。

この道づくりには、多くの開拓者の力がありました。とくに自費で道路を整備した早山清太郎や、用水路「大友堀」を開削し、まちづくりを支えた大友亀太郎の功績は大きく、道とともに地域の歴史を刻みました。
明治以降、この一帯はタマネギ栽培地としても知られ、馬車が往来し、たまねぎを貯蔵する石造りの倉庫や商店が立ち並ぶにぎわいの通りに。昭和に建てられた石倉の一部は今も飲食店などに活用され、往時の記憶を今に伝えています。

近年では、プロ野球・日本ハムの練習場ができたことから「ファイターズ通り」としても知られるように。斜めに曲がるその道には、札幌の開拓と暮らしの足跡が静かに息づいています。